網膜とは
網膜は、目の奥にあるとても大切な組織で、カメラでいう「フィルム」のような役割を果たします。目に入った光を受け取って、その情報を脳に伝えることで、私たちは「ものを見る」ことができます。
網膜は非常に薄い膜ですが、そこには光を感じる細胞(視細胞)や、情報を脳に送るための神経がたくさん詰まっています。細かい血管も網目のように走っていて、これらの血管が健康でないと網膜は正常に働くことができません。
糖尿病や高血圧など、全身の健康状態が悪いと、網膜の血管にダメージが蓄積されてしまいます。これが進行すると視力が低下したり、重症化すると失明の原因にもなることがあります。特に糖尿病網膜症や加齢黄斑変性などの病気が網膜に影響を与えます。
網膜の病気は、初期には自覚症状が少なく、気づかないうちに進行してしまうことも多いです。定期的な眼科検診を受けることで、網膜の状態をチェックし、早期発見・治療に努めることが大切です。
糖尿病網膜症
糖尿病は多くの合併症を引き起こす病気ですが、その中でも深刻な影響を与える三大合併症には、糖尿病腎症、糖尿病神経症、そして糖尿病網膜症があります。
網膜は非常に細かい血管が縦横に走っており、糖尿病による高血糖がこれらの血管にダメージを与えやすい場所です。血管が閉塞したり狭くなったりすることで血流が悪化し、酸素や栄養が不足してしまいます。また、老廃物の排出も滞るため、目の中に様々な障害が起こります。
このような状況が続くと、血液が不足した箇所に新生血管が形成されますが、これらの新生血管は非常に脆く、出血を起こしやすいです。出血が進むと視力が大幅に低下し、放置すると失明のリスクが高まります。
糖尿病網膜症は、初期には自覚症状がほとんどなく、症状が出るころには進行していることが多いです。特に急激な視力低下が起こることがあります。そのため、糖尿病と診断された場合には、半年に1度の眼科検診を受けることが推奨されています。
実際、多くの糖尿病患者さまが糖尿病網膜症の危険性を知らずに、症状が進んでから視野を大きく損なってしまうケースが見られます。糖尿病網膜症は、現在でも日本における中途失明の主要な原因の一つです。
将来の視力を守るためには、早期発見と適切な治療が鍵となります。そして、糖尿病自体の血糖値コントロールも同時に行うことが重要です。糖尿病をお持ちの方は、ぜひ定期的な眼科受診を心がけてください。
糖尿病網膜症の病期
糖尿病網膜症は進行状況により、初期・中期・進行期の3段階に分けられ、それぞれで治療法が異なります。ただし、糖尿病黄斑浮腫はこれらの段階に関わらず発症する可能性があり、視力の大幅な低下を引き起こす恐れがあるため、初期の段階でも十分な注意が必要です。
・単純糖尿病網膜症(初期)
網膜に小さな血管瘤ができ、わずかな出血や血液成分の漏出が見られる状態です。自覚症状はほとんどないため、眼科検診で初めて発見されることがほとんどです。血糖値のコントロールが特に重要で、早期発見が進行を防ぐ鍵となります。
・増殖前糖尿病網膜症(中期)
網膜の血管が広範囲で閉塞し、血流不足のエリアにもろく破れやすい新生血管ができ始めます。自覚症状が少なく、あったとしても軽度のかすみ目程度です。症状に気づかず放置してしまうと、深刻な状態に進行するリスクが高まります。進行を防ぐためには、できるだけ早く眼科専門医の診察を受け、適切な検査・治療を開始することが重要です。
・増殖糖尿病網膜症(進行期)
硝子体出血や網膜剥離が起こり、視力の大幅な低下や失明のリスクがあります。硝子体出血は、網膜の新生血管が破れ、硝子体内に血液が流れ込むことで、急激な視力低下や飛蚊症の症状を引き起こします。また、増殖した繊維組織が網膜を引っ張り、網膜剥離が発生すると、剥離部分の視野が欠けてしまいます。見える範囲を少しでも守るためには、早急な治療が必要です。
糖尿病黄斑浮腫
網膜の中心には黄斑という重要な部分があり、私たちが細かい部分をはっきりと認識するために、この場所で対象物を見ています。たとえば、文字を読むときや、顔の細かい表情を識別する際に、この黄斑の部分が働いています。
糖尿病黄斑浮腫は、糖尿病による高血糖が原因で、この黄斑がむくんでしまう状態です。主な症状には、視界がぼやける、ものがゆがんで見える、暗く感じて見えにくいといったものがあります。糖尿病黄斑浮腫は、糖尿病網膜症の初期の段階でも発症する可能性があるため、注意が必要です。
むくみが長期間続くと、神経に障害が生じ、視力や視野に深刻なダメージを与えることがあります。また、ぶどう膜炎や網膜静脈閉塞症など、網膜や黄斑に影響を与える他の疾患がある場合は、糖尿病黄斑浮腫を発症するリスクがさらに高まります。早期発見と適切な治療が視力を守るために重要です。
糖尿病網膜症の治療
加齢黄斑変性
黄斑は網膜の中心に位置しており、細かい部分をはっきりと認識するために重要な役割を果たしています。例えば、文字を読む際にも、この黄斑が働いているため、黄斑に障害が起こると、明るさや色、形はぼんやりわかるものの、文字をはっきりと読むことが難しくなってしまいます。
黄斑は加齢や他の要因で徐々にダメージが蓄積し、変化を起こすことがあります。この状態が加齢黄斑変性です。加齢黄斑変性では、注視するものがゆがむ、ぼやける、暗く感じるなどの症状が現れ、進行すると失明のリスクも伴います。
加齢黄斑変性の分類
萎縮型
萎縮型は、加齢によって黄斑の組織が少しずつ萎縮し、視機能が低下していく状態です。進行は非常にゆっくりで、早期には自覚症状がほとんどないことも多いですが、長期にわたって視力が低下していきます。定期的な経過観察が重要で、特に急激な症状の悪化がないかを見守る必要があります。
滲出型
滲出型は、黄斑に近い場所にできたもろい新生血管が破れて出血や液体が漏れ、黄斑にダメージを与えることで発症します。進行が速く、視力が急激に低下することがあり、早期発見と治療が不可欠です。この型では視野のゆがみや中心部のぼやけ、暗く感じるなどの症状が早く現れ、失明のリスクも伴います。
加齢黄斑変性の治療
1.萎縮型
萎縮型は進行がゆっくりで、現在有効な治療法が確立されていません。しかし、進行を遅らせたり視機能をサポートするために、次のような対策が推奨されます。
- 経過観察: 定期的に眼科で視力や黄斑の状態をチェックすることが重要です。
- サプリメント: 特定のビタミンや抗酸化物質、亜鉛などが含まれたサプリメントが、進行を遅らせる効果があるとされています(AREDS研究)。
- 生活習慣の改善: 喫煙を控え、バランスの取れた食生活を心がけることがリスク低減につながると考えられています。
2. 滲出型
滲出型は進行が速く、視力低下が急激に進むため、早期の治療が不可欠です。代表的な治療法には次のものがあります。
-
抗VEGF療法: 滲出型では、異常な新生血管の形成を抑える抗VEGF薬を眼内に注射する治療が行われます。この治療法は新生血管の発生を抑え、視力の回復や進行の抑制を目的とします。病状に応じ注射を繰り返す必要があります。
-
レーザー治療: 異常な新生血管をレーザーで焼灼する治療法です。ただし、滲出型の中でも特定のケースに限られます。また、視力の改善は期待できないことが多く、進行を抑えるための治療です。
-
光線力学療法(PDT): 光に反応する薬剤を体内に注入し、その後異常血管にレーザー光を当てることで、新生血管を閉じる治療です。この治療も新生血管の増殖を抑え、進行を遅らせることを目指します。
- 硝子体注射
- レーザー治療
3. 生活習慣の見直しと予防
滲出型・萎縮型いずれの場合でも、治療と並行して生活習慣の見直しが大切です。
- 禁煙: 喫煙は加齢黄斑変性の発症リスクを大幅に高めます。禁煙することで進行リスクを抑えることが期待できます。
- バランスの取れた食事: 緑黄色野菜や魚に多く含まれる抗酸化物質やオメガ3脂肪酸を含む食事が目の健康に良いとされています。
網膜剥離
網膜剥離は、網膜が裂けて剥がれてしまうことで、その部分の視覚情報を脳に伝えることができなくなり、結果として視野が欠ける病気です。原因としては、糖尿病網膜症や加齢のほか、激しいスポーツや事故、ケガによる外傷も挙げられます。
眼球内部を満たすゲル状の硝子体が、収縮したり動いたりすることで網膜を引っ張って剥がれるケースもあります。こうした網膜剥離は、特に外傷によって発生する場合は20歳代に多く、加齢によるものは50歳代以上に多く見られます。
網膜が剥がれると、その部分の視野が失われたり、「飛蚊症」や「光視症」(光がちらつく感じ)などの症状が現れることがあります。視力が大きく低下する恐れがあるため、早期の診断と治療が重要です。
網膜剥離の治療
網膜剥離の治療法は、剥離の状態によって異なります。早期の診断と適切な治療が、視力を守るために非常に重要です。
-
レーザー治療
網膜剥離が限局している場合には、レーザーを照射して網膜周辺組織を焼灼し、しっかりと固定することで、裂孔からの剥離を防ぎます。この方法は、比較的軽度の剥離に効果的です。 -
手術
網膜剥離が進行している場合には、手術が必要となります。提携している医療機関を紹介し、スムーズに治療を受けられるよう配慮しています。手術方法には、硝子体手術やバックリング手術などがあります。
網膜静脈閉塞
網膜にある静脈は、高血圧、糖尿病、脂質異常症などが引き起こす動脈硬化の影響を受けやすくなります。これによって、網膜の静脈が詰まり、網膜静脈閉塞が発生します。静脈が閉塞すると、その先には酸素や栄養が届かず、老廃物の排出もできなくなります。この結果、もろくて破れやすい新生血管が増殖することになります。
症状の重さは、閉塞した場所によって異なります。主な種類には次の2つがあります。
- 網膜静脈分枝閉塞症
静脈の枝分かれ部分が閉塞するタイプです。視力の急激な低下や、ものがゆがんで見えるといった症状が特徴的です。 -
網膜中心静脈閉塞症
網膜の根本部分の静脈が閉塞するタイプです。酸素不足が広範囲に及ぶため、より深刻な症状を引き起こしやすいです。進行すると新生血管の増殖や出血が生じ、視力が悪化する可能性があります。
いずれのタイプでも、進行すると硝子体出血や網膜剥離を引き起こすことがあり、視力に重大な影響を与えることがあります。早期の診断と治療が重要です。
網膜静脈閉塞の治療
網膜静脈閉塞の治療法は、閉塞がどの場所で発生しているかによって大きく異なります。閉塞が枝分かれした静脈の先端部分で発生している場合には、比較的軽度の治療が可能です。
- 薬物療法
部分的な閉塞の場合は、以下のような薬物療法が主に行われます。 - ・血管拡張薬:血流を改善し、血管を広げて詰まりを軽減します。
- ・血管壁を強化する薬:血管のもろさを抑え、出血を防ぎます。
- ・浮腫や出血を抑える薬:黄斑浮腫などの症状を改善するため、むくみを軽減する薬が使われます。
- 硝子体注射
網膜浮腫が重症化している場合には、硝子体内に薬を直接注射して治療します。これにより、浮腫の改善や新生血管の制御を行います。 -
- レーザー治療
症状が進行していたり、閉塞が網膜の中心に近い場合には、レーザーを用いた光凝固法が検討されます。この方法は、新生血管の増殖を防ぎ、出血や浮腫を抑える効果があります。
- レーザー治療
-
硝子体手術
閉塞が重篤で、網膜剥離や硝子体出血を引き起こしている場合は、外科的な硝子体手術が必要です。手術によって、剥離した網膜の修復や出血の除去を行います。
手術が必要な場合には、提携している高度医療機関をご紹介し、迅速に治療が行えるようサポートいたします。
中心性漿液性脈絡網膜症
中心漿液性網脈絡膜症は、網膜の下にある脈絡膜から漏れた漿液(水分)が、網膜のくぼみである黄斑部にたまることで起こる疾患です。このため、黄斑部が浮き上がってしまい、視覚にさまざまな異常が現れます。
特徴的な症状は、以下の通りです:
- 視力低下:漿液がたまることで、視力が一時的に低下することがあります。
- もののゆがみ:見る対象がゆがんで見えることがあります。
- 小さく見える:本来の大きさよりも小さく見える(小視症)ことが特徴です。
- 中心が暗く見える:視界の中心部が暗く見えることがあります。
この病気は主に30~50歳代の男性に多く見られます。原因は明確にはわかっていませんが、ストレス、疲労、睡眠不足といったライフスタイルの要因が発症に関係していると考えられています。
中心漿液性網脈絡膜症は片目に発症することが多く、時間とともに自然に回復することもありますが、症状が長引く場合や視力に大きな影響が出る場合は、早期の治療が推奨されます。
中心漿液性網脈絡膜症の治療
一般的に、数ヶ月で自然治癒することも多い疾患です。しかし、症状が出た際は必ず眼科での診察を受け、他の緊急性の高い眼疾患ではないか確認してもらうことが重要です。特に、視力低下やもののゆがみが長引く場合は早期の治療が必要になることがあります。
治療のポイントとしては、以下の点が挙げられます:
- ライフスタイルの改善:ストレスをためないようにすることが早期回復に役立ちます。適度な休息やストレス管理が推奨されます。
- 薬物療法:網膜血流循環を改善することで回復を促すことがあります。
- レーザー治療:再発を繰り返す場合や、病変が黄斑から離れた場所にある場合には、レーザー治療が有効な場合もあります。
症状が続く場合や再発が多い場合は、適切な治療を受けることで視力への影響を最小限に抑えることができます。